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夏ー!!!熊本、宮崎、鹿児島へでかけてまいりました。暑い夏にありえない!ですが、九州地区でa-nation!しかもエグザイルが出演するのは四国とこちらだけ!ということで、a-nationをからめて回ってきてみました。物好きかも。
まず、熊本空港へ。今回の旅は、a-nationの他に、庭園を巡るのがサブテーマとなっております。どれだけの名園を見ることができるのでしょう。
16:40羽田発熊本行きの飛行機は満席!19時発の便への振り替えに10,000円ANAがお礼のお支払いするとか。でも2時間20分あまり羽田でぶらぶらするのもね。
一路熊本へ。以前熊本へ行った時、市内を素通りしたので、今回はじっくり回ることに。
ホテルに到着後、路面電車で繁華街へ…。うーーーん。歩いている男性老人が「ひとみちゃーん」と女性を呼びとめお金を渡していたり。雑居ビルの通りから抜けられない。

やっと大通りに出て、馬肉の食べられるほぼ健全な居酒屋をやっと見つけ入店。戻りも路面電車。2股に分かれるのですが、停車駅の前で待つか後ろで待つかで2股の目的地を区別するとのこと。親切に教えていただき1日目無事終了。
熊本空港到着。 ホテルにチェックイン。 祇園橋から路面電車に乗ります。
通町筋から歩きます。 馬肉ユッケ あさりのバター蒸し
夏野菜 豆腐サラダ 変形明石焼
2日目です。熊本城→阿蘇までの移動日です。
まずホテル(熊本全日空ホテルニュースカイ)の朝食です。
その後、熊本城へ。市役所前にありますが、やっとのことで巨大駐車場へ。熊本市内、左折するつもりで左車線を走っているととんでもないことになります!左車線は右折のためのレーンであることが多く、停まっているとクラクションを鳴らされ、曲がりたくもないのに右折させられることに。これは頻繁にバス停に停まるバスを考慮してのことなのか、慣れないと厄介です。すぐそばなのにたどりつけないこと数回。もちろん、普通に左車線から左折することもあり、数10m前の道路標識をしっかり見なければなりません。
【熊本城の歴史】
日本三名城の一つと数えられる熊本城。1588年加藤清正が肥後北半国19万5千石の領主として隈本城(古城)に入り、関が原の合戦後、肥後南半石を併せ54万石を領します。1601年、新城築城に着手しました。優れた土木治水の技術を発揮し、7年かけ1607年、落成、熊本に改称。城郭の周囲は5.3km、面積98万u。城内に大天守と小天守、49の櫓、18の櫓門、29のその他の城門を備えた堂々たる威容を誇りました。1611年に清正50歳で病死し、三男忠広が家督を継ぎます。1632年加藤家改易、出羽庄内へ配流。豊前小倉の細川忠利入封。
1671年水前寺成趣園完成。1877年(明治10年)西南戦争、開戦3日前(2/19)原因不明の出火で天守閣等の主要な建物が焼失したものの、52日間の籠城に耐え、難攻不落の堅固な造りを天下に知らしめました。
1955年(昭和30年)には熊本城跡が国の特別史跡に指定、 1960年(昭和35年)天守閣再建、1998年(平成10年)熊本城復元整備計画始まります。2008年(平成20年)本丸御殿の落成で復元整備。城内部では加藤家、細川家、西南戦争の資料を展示。
入場料500円。九州ということで、韓国人、それも歴史的建造物のためか修学旅行的なグループが多い。江戸時代以前のものは占領する時代以前のもののためなのか、観光も大丈夫なのでしょうか。
左の階段下が玄関。 熊本城と青空 肥後城下
天守閣からのパノラマ
お濠 車で10分ほどで水前寺成趣園へ。細川家ゆかりの桃山式回遊庭園。 池は阿蘇の伏流水を利用
特徴のある築山 能楽殿 神社

水前寺成趣園400円。
意外と小さい園内。

熊本ラーメンを!ということで大黒ラーメン600円。たくさんのサイン色紙が飾られています。行列の店。わざわざタクシーで来る人も。 その後、避暑地、阿蘇へ向かう道すがら。ウェディングもできるらしいレストラン。

高原ドライブを楽しみつつ、絶景スポット”大観峰”へ。歩いた先でいったいどんな風景が待っているのかわからずひたすら10分ほど歩きます。阿蘇外輪山でもっとも高く、標高936m。阿蘇五岳が望めます。

徳富蘇峰が遠見ヶ鼻を大観峰という名前に変更したとのこと。心地よい風が吹きます。再び駐車場のある売店に戻り、ソフトクリームでほっと一息。

庁舎上に車を停め、大観峰へ10分ほど歩きます。 360度のパノラマ  

本日宿泊の南阿蘇グリーンピアへ。

客室からの眺めがすばらしく、昼空、夕空と撮影。

めったに撮らない(撮れない)露天風呂等の写真。夕飯を食べた後、目論見通り誰も入浴しておらず撮影成功!これだけの景色を眺めながら露天風呂を楽しめるとは、さすが、元年金施設です。
夕食は阿蘇名産の牛、馬、豚肉堪能コース。鱧の天ぷらありで途中棄権。宿泊者がお年寄り、子供連れの家族ばかりなので、量で勝負のような若者向けのようなメニューはちょっといただけないかも。
大ホテルというわけではないので、量より質にこだわってほしい。右料理写真は中央前菜と左上牛のステーキ、右下豚肉と玉ねぎの南蛮漬け。夕食時だけのサービス、ソフトクリーム。粉がちゃんと溶けきっておらず、つぶつぶ感あり。ソフトクリームと粉末クリープをいっしょに食べているような。
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翌朝、客室からの朝日 ホテルの案内に眺めの説明 ホテルのエントランス
3日目です。本日は午後にはa-nation会場に入らなければならず、気合いを入れて早めにホテルをチェックアウト。
高速道路で宮崎回るのか、高千穂経由で一般道で行くのか迷いましたが、せっかくなので高千穂経由で行きます。東国原知事の、宮崎に高速道という願いの必要性を痛いほど感じます。大分⇔宮崎には高速道路がありません。くねくね道路を通りつつも、一般道なのに時速80キロほどでずっと運転できたためスムーズに高千穂入り。手前の高千穂神社へ。 高千穂八十八社の総社で創建1800年前。
すぐ近くの高千穂峡へ。阿蘇山系の噴火で流れ出した溶岩が数万年かけて侵食され生まれた渓谷美で、国の名勝天然記念物。渓谷沿いには遊歩道が整備されています。
日本の滝100選の真名井の滝を避けるようにボートを漕ぎます。
遊歩道 ボート乗り場。30分1500円。

3週間ほど前の予約に、青島、宮崎駅近くのホテル予約取れず、宮崎県内ではあるもののa-nation会場から遠めのホテルへ。
ホテルフロントで、会場までどう行ったらよいか訊ねてみると、今は無きオーシャンドーム前から会場へのシャトルバスが出ているとのこと。往復1,000円。オーシャンドームそばの駐車場に車を停め、会場にスムーズに入場。電車が発達していない分、こういったバスのピストン輸送がきちんと考えられていました。行きも帰りもバス乗車の行列も無く快適な送迎。
しかし入場してからが長い〜。グッズを買うわけでもないのに席に着くまでの距離もあり行列もあり。さらに水分補給のミネラルウォーター購入だけで40分並びました。(その間に安室奈美恵の歌終わってしまった。)ちなみに席で飲食できるのはミネラルウォーター、スポーツドリンクのみです。

間、作業服に頭かぶりものをした人が現れ、「今日、知事は来たがっていましたが、来れません。」というアナウンス。・・・ということは来るのね。そしてかぶりものを取ると、まさしく知事。湧き上がる観客です。

やっとシーガイアのホテル。1時到着で、お願いしたらチェックインさせていただけました。
東方神起 ワイドスクリーン a-nation会場
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4日目最終日です。
ホテルの朝食 フェニックスゴルフ場の先に
海が見えます。
一の葉(いちのば)ビーチ。エグザイルが海水浴に行ったとのこと。

←朝8時台なのでまだ海水浴客もおらず。
次に宮崎県庁に向かいます。今日は日曜、市が立っており、駐車場がわからず、歩行中の人に訊ねると丁寧に教えてくださり無事到着。旬の観光地です。観光客も多く、門付近記念撮影をする人が続きます。人の写らない写真を撮るのはたいへんでした。

縣聴というのは県民の声を聴くためにこのような字になっているそう。 このような昔ながらの建物のほうが
いいですね。
玄関を入ると…。
日曜なのでここまでしか入れません。警備の人が温かな態度でパンフレットを配っています。
↑県庁の前の道では市が。
←近くのおみやげ物屋も大盛況。包装の大きな紙袋も人気。
マンゴージュース300円。売っているおじさん、おばさんも人懐っこい態度です。
宮崎から一路、鹿児島知覧を目指します。
桜島SA、なんとなくこの名前で立ち寄りました。月1回の20%オフの日。
指宿方面のスカイラインに乗り、途中の展望台での眺め。桜島はランドマークです。
「知覧特攻平和会館」到着です。大東亜戦争末期(戦後は太平洋戦争ともいう)の沖縄決戦で、人類史上類のない爆装した飛行機もろとも肉弾となり敵艦に体当たりした陸軍特別攻撃隊員の遺影、遺品、記録等貴重な資料を収集・保存・展示して当時の真情を後世に正しく伝え世界恒久の平和に寄与するものです。今回は訳ありでの訪問です。館内は、特攻隊員たちの遺書、遺品、一人ひとりの遺影で埋め尽くされています。何よりも雄弁に語りかけてきます。「親不孝をお許しください。」、そして…、にもかかわらず特攻隊員として征ってくることが、その一家の名誉となって役に立つことを思わせる文面。すすり泣きがあちらこちらから聞こえます。
館内は写真撮影すべて禁止。御霊に失礼ということでしょうか。
2007年に作成された「俺は、君のためにこそ死ににいく」が館内ワイドTVで流されていました。石原慎太郎原作、岸恵子主演。
この地図、黄色い矢印は特攻隊員が集められた基地。韓国、中国からも。そして赤い三角は、沖縄に向かって飛び立っていったことを意味します。
知覧の基地で、隊員たちが寝泊りした小屋の復元。目立たぬように木立の中に。小屋の中。ここで隊員たちは数日を過ごし、酒を振舞われ…。10代後半〜20代前半の彼らがここで過ごした日々の写真、底抜けに明るい笑顔が更に涙を誘います。

→観音堂と特攻平和観音像。大和法隆寺の秘佛。夢ちがい観音を模造したもので高さ54cm。像内には特攻勇士の芳名を謹記された長さ9m54cmの巻物が納められています。夢ちがい観音はわるい夢をよい夢にとりかえ、この世の平和と幸をもたらしてくださるという尊い仏さまとしてあがめられています。

知覧武家屋敷群へ。昭和から江戸時代へタイムスリップ。江戸時代の知覧は当初、島津家の分家である佐多氏が地頭として治め、優れた当主が多く、薩摩藩の中でも重要な役目を果たしました。その功績により佐多氏十六代久達の時代に、知覧の私領地化と島津姓の使用が許可されました。現在残る武家屋敷群は十六代久達時代、もしくは十八代久峯の時代に造られたものではないかといわれています。

地区内は石垣で屋敷が区切られ、沖縄によく見られる石敢當(魔よけの石碑)や、屋敷入り口には屋敷内が見えないように屏風岩(沖縄のヒンプン)があります。知覧の港が江戸時代に琉球貿易の拠点で会ったことから、武家屋敷も琉球の影響を多く受けているとのこと。
一般の生活しているご家庭も間々に点在しています。

母ヶ岳の山容を取り入れた借景園 メイン通りは小川が流れ 鯉が放たれて。
←和菓子屋でチーズ饅頭を買います。饅頭といいつつ、チーズパイです。ジャムおじさんのような店主。
↑鹿児島市内へ移動。
熊本ラーメンに続き、鹿児島ラーメン豚トロ600円。プラス卵トッピング100円。脂たっぷ〜り。
行列の店です。
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鹿児島駅を通り過ぎ、ビーチ出現。たくさんの人が泳いでいます。
全くの湾内で波なし。
ビーチを抜けるとすぐ仙巌園。一度通り過ぎてしまい、渋滞している道、右(線路と海)にも左(仙巌園敷地)に入る横道もなくどうにかUターンし到着。

名勝仙巌園(磯庭園)です。
1658年に19代島津光久が別邸を建てたことが始まりとします。2008年に築邸350年を迎えました。園内には数多くの史跡が残り、特に御殿とその前庭からは桜島を筑山に、錦江湾を池に見立てた雄大な景色が眺められます。

「日本の庭園100選」で上位にランクインしていた仙巌園。御殿コース1500円。篤姫の人気もあり鹿児島を旅する人も多いようです。第10話目あたりまでの撮影はここで行われたそうです。

仙巌園錫門 御殿からの眺め、贅沢です。 御殿の中庭。こちらでのみガイドより
撮影許可あり。
御殿コースでは抹茶と飛竜頭という和菓子が振舞われます。 立礼茶席「竹徑亭」
こちらで抹茶をいただきます。
篤姫撮影に使われた茶屋
同じく橋 曲水。あまり水が流れていません。  
茶室 御殿 28代斉彬の時代に、日本で初めてガス灯を点した灯籠の一つである
”鶴灯籠”
獅子乗大石灯籠 隣の鶴嶺(つるがめ)神社には島津家800年の歴代当主と
その家族が祀られています。
1840年代、薩摩藩は開国・通商を求めるヨーロッパ諸国のはげしいが威圧にさらされ、いちはやく近代化に着手しました。嘉永4年(1851)、薩摩藩主となった島津斉彬は、ヨーロッパの国々のような強く豊かな日本を夢見て、集成館事業というひじょうにスケールの大きな近代化産業を推進。製鉄・造船・造砲・紡績・機械・印刷・出版・教育・制約・精糖・ガラス・ガス・医療などさまざまな分野にわたっています。SHIMAZUというブランド薩摩切子のギャラリーも見ものです。当時、海外に輸出されたそうです。2万円ほどから購入できます。
鹿児島空港に到着。最後の芋焼酎。どぼどぼです。

九州さようなら。また来ます。
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